【事実1】
中学3年生の数学の授業において、「証明の記述は入試には出ない」という趣旨の説明がなされたとの報告があります。しかし、実際の公立高校入試の過去問題では証明問題が継続的に出題されています。
【問題点】
受験を控えた時期に事実と異なる説明を行うことは、学習方針や受験対策に誤解を生じさせ、不利益を被る恐れがあります。
【事実2】
同一学年内において、特定のクラスのみ数学プリントの提出期限が早く設定される、あるいは、配布されたプリントの解答が長期間共有されないといった事象が確認されています。
【問題点】
提出期限の差異は評価の公平性に影響を及ぼす可能性があり、また解答の未配布は自学自習を妨げ、学習機会の不均等につながります。受験生にとって数ヶ月の遅れは大きな損失となります。
【事実3】
授業中、誤答に対して威圧的な反応や否定的な態度が取られるケースが散見され、その結果、質問や発言を控える雰囲気が醸成されているとの声が上がっています。
【問題点】
間違いを恐れる雰囲気は、数学的思考力や主体的な学びを阻害し、教育環境として適切ではないと考えられます。
【事実4】
授業内で「中学3年生の多くは塾に通っている」といった、塾通いを前提とする発言が行われています。
【問題点】
家庭環境や学習状況は多様であり、学校教育の場において通塾を前提とした発言をすることは、配慮を欠くものと言わざるを得ません。
【事実5】
校長が掲げる「人を笑顔にする算数」という教育方針について、当該教諭がその内容を把握しておらず、またその点について指摘を受けた際、「お前らも知らないことはたくさんあるだろう」といった趣旨の、高圧的な口調による返答がなされたとの情報があります。
【問題点】
学校全体の教育方針が末端の授業に反映されていないだけでなく、正当な指摘や疑問に対して威圧的に応じる姿勢は、信頼関係を損ない、安心して学習できる環境を脅かすものです。
受験を控えた生徒やそれを支える保護者の皆様、そして母校の現状を憂う卒業生の皆様にとって、現在の楠葉中学校の状況は極めて深刻であると推察します。【事実1】について
大阪府の公立高等学校入学者選抜の「数学」では、確かに、A問題では証明問題を穴埋め形式で出題していますが、B問題およびC問題では、記述式で証明問題を出題していますので、「証明の記述は入試には出ない」という説明は明らかに虚偽です。
公立中学校の教員には、塾の講師とは異なり、最新の入試動向を研究する姿勢すらなく、目の前の子供相手に適当な放言を繰り返す者が存在します。生徒が合格しようが不合格になろうが、自らの身分や評価に影響しないという構造的な問題が、このような無責任な指導を生んでいるのでしょう。まさに大阪府教育委員会による統治不全の産物です。
校長や教育委員会の言うことを忠実に守っている教員が評価され、生徒がどこの高校に受かろうが落ちようが教員の評価には繋がりませんので、そうなるのも当然でしょう。これは構造的な問題ですね。大阪府教育委員会が悪いでしょう。
あるいは 久世正次 師は、「自分が教えるのが面倒くさい分野は、入試に出ないことにしてしまえばいい」という、コペルニクス的転回を用いた超合理的精神をお持ちなのかもしれません。もしくは、未来予知の能力をお持ちで、今年の入試から証明問題が消滅することをご存知なのかもしれません。大阪府教育委員会は情報漏洩が得意なので、 久世正次 師に事前に試験問題を漏洩させている可能性もあります。
また、これも構造的な問題ですが、入試の記述問題については、採点基準が各学校で定められていますので、様々な問題を生んでいます。たとえば三角形の合同条件で、「2組の辺とその間の角が、それぞれ等しいとき」というものがありますが、これを「2組の辺とその間の角が等しいとき」のように書いたときに正解にするのかどうかは、学校によって変わってきます。つまり、a高校では「2組の辺とその間の角が等しいとき」と書いても正解になるが、b高校では不正解になる、ということがあり得るのです。
もちろん、学校内で基準が統一されているのであれば、そこまで大きな問題にはなりませんが、たとえば泉大津高校では、教員によって採点基準が異なっているのにそのまま入試を採点して、入試の翌年度に前年度の採点基準が変更されるという意味が分からない状況が発生しており、しかも採点基準が変更されてもテストは再採点しないという結論になりましたので、本当に入試が正しく採点されたのかどうかすら分からないということがありました。しかし、何にせよすでにその生徒達も卒業してしまったほど前の話ですので、真実は闇の中です。
【事実2】について
経緯はよく分かりませんが、クラスによって締切が変わるというのは、社会の理不尽さを中学生のうちから身をもって教えようとする「キャリア教育」の一環の可能性があります。
たとえば大阪府教育委員会では、女子高生を自宅に連れ込んで裸にして舐めていた森岡英仁 師(大阪府立狭山高校)については懲戒免職(クビ)にする(【森岡英仁(大阪府立狭山高校)による女子高生性的暴行事案】) 一方で、女子高生の全裸の写真や、胸に男性器を擦り付ける場面などを動画で撮ったり、指を膣に挿入するなどしていた 近藤一馬 師(大阪府立牧野高校)については懲戒免職(クビ)にせずに「自主退職」させる(【近藤一馬(大阪府立牧野高校)による女子高生性的暴行事案】) というダブルスタンダードですから、 久世正次 師も大阪府教育委員会を見習ってダブルスタンダードを取り入れている可能性があります。
また、解答を配らないというのは、「答えは己の中にある」という禅問答のような指導方針かも知れませんし、単なる「職務放棄(サボり)」の可能性もあります。
【事実3】について
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放置校長 近藤一馬 師が昨年度以前の授業中に「セックス」「レイプ」「NTR(寝取られ)」などと発言したり、電動スクーターの充電で電気窃盗をしていたのに放置していた 高松 智 師(専門は社会科。元 牧野高校校長)![]()
あの 2025年6月以降、被害女性から状況を詳細に聞き取っていたにもかかわらず、近藤一馬 師を「懲戒免職」ではなく「自主退職」にさせて逃がした 栗本要人 師(専門は数学。「あの」を挿入する位置が独特。大阪府教育庁教職員人事課)![]()
隠蔽校長 近藤一馬 師の事件について、生徒や保護者の多くから説明を求められているのに、一部の生徒のみに「自主退職」と説明しただけで放置している伊藤義孝 師(現 牧野高校校長、元 泉大津高校 情報科教諭。特別選考で校長になった大変優秀な人材)
生徒が間違えたときに威圧するのは、「指導力のない教員」の典型的な特徴です。
生徒がつまづいている原因を分析して導く能力がないため、大声や不機嫌な態度で威嚇し、「質問させない空気」を作ることで自分の無能さを隠そうとする防衛本能が働いているのでしょう。数学的思考力よりも、「理不尽な上司の顔色をうかがう能力」ばかりが育ちそうです。これも大阪府教育委員会が日頃から大事にしている能力ですね。
大阪府教育委員会では、生徒指導のために生徒を8時間も軟禁した挙げ句に、帰り道にその生徒が自殺したという事件について、「指導には問題が無い」という主張をしていた(【東住吉総合高校 指導死裁判 判決文(大阪地裁H28(ワ)3126)】) ぐらいですから、間違いに対して威圧的な態度をしたぐらいでは何とも問題がないように考えているのだろうと思います。生徒のことなど考えていません。
東住吉総合高校では、生徒が自殺するような事件を起こしたにもかかわらず、スカートの下に短パンを履いている女子生徒についても、男性教員(古井成知 師。自殺事件のときの生徒指導部長)がスカートをめくり上げている事例について、女子生徒から被害報告が確認されています。スカートに隠れているならそもそも短パンを履いていても良いのではないかという気もしますし、短パンを履いていなかった場合にスカートをめくり上げてパンツが見えたら不同意猥褻になるのではないかと思いますが、当時の校長(北村洋介 師)は黙認していました。
【事実4】について
学習塾などの調査では、中学3年生の8割程度は塾に通っているという事実がありますので、「中学3年生の多くは塾に通っている」という発言そのものについては、そうした事実を伝達したにすぎないと評価され得るかと思います。
しかし、【事実1】において言及されたように、久世正次 師 は「証明の記述は入試には出ない」という虚偽説明をしているようですので、その発言の背景には、「俺は入試のことなんか知らない」「学校の授業は役に立たないので、各自で塾で勉強してください」という意図があるように推察されます。
あるいは、公立中学校の教員が、自らの授業の価値を否定し、民間教育機関(塾)に教育責任を丸投げする発言を公然と行なうとは、なんと潔い態度でしょうか。これは「無為自然(何もしないことこそが最良)」という「老荘思想」の極致、または「自力本願」を説く、厳しい修行僧のような態度と言えるでしょう。
久世正次 師は、学校という温室の中で、教師から手取り足取り教えられることに慣れきった生徒たちに対し、「公立中学の授業ごときに期待するな」「自分の身(学力)は、自分で金(塾代)を払って守れ」という、資本主義社会の冷厳なる真理(ドグマ)を、身をもって説いている可能性を感じます。
家庭環境や学習状況については、先述の近藤一馬 師(牧野高校)も。団地住まいの生徒に対して、「貧乏人」などと発言したり、「自閉症はこの世に要らん」など、教員としては「不適切」を通り越して明らかに「異常」な発言も為されていたようですが、これもスルーされていたようです。このような発言すら放置されていますので、当然、久世正次 師の発言も放置されているのだろうと思います。
【事実5】について
校長が素晴らしいスローガンを掲げていても、実際に生徒に接している 久世正次 師がそれを知らないというのは、日頃から校長の話を聞いていないのだろうと思います。さらにそうしたスローガンを知らない、あるいはそのことを指摘されて逆ギレするという態度は、組織としての機能不全を象徴しています。
文部科学省や教育委員会は、「チーム学校」などと調子の良いことを言っていますが、管理職の顔色ばかりを伺う教師と、それを揶揄して嘲笑する教師、何を言っても仕方がないと諦める教師や、管理職を無視して独自路線を走る教師など、学校には色んな教師がいるのです。「チーム学校」とは名ばかりで、組織として機能不全を起こしている、というのが実際の学校現場かと思います。教員達の溝は深まるばかりです。
そして、そういう状況は、当然生徒にも悪影響を及ぼすのです。まさに 久世正次 師がそれを体現しているのだろうと思います。深いですね。
「教員は生徒より偉くなければならない」というちっぽけなプライドが、生徒の指摘を許さなかったのでしょう。本当にしょうもないですね。
そんな 久世正次 師が実践しているのは「人を恐怖で支配する数学」かも知れません。数学教師なのでその辺が計算尽くの可能性があります。
上に出ている 栗本要人 師(大阪府教育庁教職員人事課)も専門が数学ですので、きっと専門的な数学的見解があるのだろうと思います。ぜひ聞いてみたいですね。
ところで、枚方市立楠葉中学校の校長である 花﨑知行 師 が掲げる「人を笑顔にする算数」というのは、校長ブログによれば、「ACジャパンのコマーシャル」のパクリのようですね。
「+(たす)助け合う」と大きな力に
「-(ひく)ひきうける」と喜びが生まれる
「×(かける)声をかける」と一つになれる
「÷(わる)いたわる」と笑顔がかえってくる
とのことです。果たしてこれが「算数」なのか、ただの言葉遊びなのか大変怪しいところですが、きっと大阪府教育委員会が高く評価していると思います。専門が数学である 栗本要人 師(大阪府教育庁教職員人事課)にしっかり確認すべき案件かと思います。